ここでは、定期便をご利用いただいているお客様のもとを訪ね、そこにある暮らしや、花を飾る思い、それぞれがもつ植物の記憶や原風景をたどりながら、お話を伺います。
In this series, visits are made to customers who receive our flower subscription, where we listen to their stories about daily life, their thoughts on living with flowers, and the memories and early landscapes they associate with plants.
2026.05.06
Kaoru
今回訪ねたのは、地酒と伝統食品を中心に、作る人の気持ちを大切にして、安心して食べられる食品を取り扱う掛田商店の薫さんにお話を伺いました。
幼い頃の暮らしや原風景について教えてください。自然や植物はどのような存在でしたか?
住んでいる土地柄、自然がすごく残っている場所で、昭和9年に祖父が始めたこのお店に引っ越してきたのが、幼稚園くらいの頃でした。
昔はお酒を売っているところ自体が少なかったので、父の仕事を手伝って、軽自動車で一日3〜4回くらい横須賀の方まで配達に行っていました。
当時は、すぐそばの山に野うさぎや野犬が出るような環境で、裏山に探検に行っては、キノコを採ったり、つくしやよもぎ、銀杏を取りに行ったりしていました。カミキリムシやタマムシもたくさんいました。
祖母がずっと盆栽をやっていて、よくわからないなと思いながらも、なんでもできる祖母に憧れていました。高校くらいまで五右衛門風呂だったんですが、酒屋にあった木箱を祖母が素手でぱぱっと薪にして燃やす姿がかっこよくて、「おばあさんみたいになりたいな」と思っていました。
どの家にも井戸があって、火や水が身近にあるのが当たり前で、庭にはチャボと猫と犬が一緒にたり、本当に、自然だらけでした。
父は遊園地とか人が多いところは連れて行ってくれない人だったので、家族で出かけるときも、お寺を巡ったり、昔の古い道を歩いたり、道祖神を調べたりしていました。「塩の道をずっと辿ってみようか」なんて言いながら歩いたりもして。少なくとも、山と畑がすぐそばにある環境だったので、同世代の子どもたちよりも、畑に何が植わっているかはよくわかっていたと思います。行く先々で四季の変化に触れて、それを見た父が漢文や短歌を口にすることもありました。「言ってみろ」と言われて、言えないと叱られましたね。
きっと父自身が持っていた原風景を追いかけていたんだと思います。
お店に戻られたきっかけと、それまでのご経験について教えてください。
結婚する前は、都内でフリーランスのカメラマンとして働いていました。大学の頃から少しずつお仕事をいただきながら、一眼レフを持ってあちこち歩き回って、本当にたくさん写真を撮っていました。
東京の洗練された世界や、そこにある文化に触れるのも好きで、家業のことは全く意中になくて、写真や自然科学にどっぷり浸かっていた時期でしたね。
当時写真ははまだデジタルではなかったので、現像を待つ時間に映画を観たり、美術館に行ったりと、インプットの多い、とても豊かな時間を過ごしていました。
その後結婚して、子どもが生まれたことをきっかけに、これからの暮らしや働き方を見つめ直すようになりました。重たい機材を持って移動し続けることに、どこか違和感を覚えるようになって。もっと有機的なことに関わりたい、ちゃんとしたものを食べたいと思ったときに、「どこに行けばいいんだろう」と考えて、ふと気づいたんです。
「ここ(掛田商店)だな」と。
お酒づくりや扱うものと向き合う中で、大切にしている感覚はありますか?
有機的なものって、生き物そのものだと思うんです。お酒は発酵なので、一番小さな生き物と人間が向き合いながら進んでいくもの。植物でも動物でもない、独特の存在ですよね。
そういうものにも、やっぱり意思は伝わると思っていて。猫に好かれる人とそうでない人がいるように、よく観察して、特性を理解して、人間ができるだけの手助けをする。あとは、その生き物が持っている力を引き出していく。そうすると、いいお酒になるんだと思います。
それって、植物や子どもを育てるのとも似ている気がします。…ちなみに私は子育てはあまり得意じゃなかったんですけどね(笑)
ここで扱っているものは、すべて生き物です。昔は手つかずの自然に惹かれていたけれど、食に関わるようになってからは、里山のように人が手を入れながら共存していく形の美しさを感じるようになりました。
長い時間をかけて人の知恵が重なって、お酒やお醤油のような形になっていく。それは一人ではできないし個人のエゴでもない。人が関わることで生まれてきたものたちなんですよね。
ここにあるお花も同じで、摘まれて、いけられて、また命を吹き込まれていく。そう考えると、ものの方から寄ってくる、ということもあるのかもしれません。
実際に、お店にある頂いた机を見て、自分が買い付けて販売した板がどうしてここにあるんだ、というお客さんがいたりして。そういう不思議なつながりは、この仕事をしているとよく起こるんです。
若い頃に憧れていた音楽家や芸術家にも、後々不思議と出会うことができました。それは奇跡とも言えるけれど、私は、お酒やものがつないでくれたご縁だと思っています。
「自然」をどのように捉えていますか?
酒づくりは、原材料処理が重要。杜氏さんがお米の状態を見て、「これにはどのくらい水を含ませた方がいいか」を、長年の勘の中で判断することが要です。
米の蒸し加減が適切ならば、熱の加え方や水の入れ方を見極めることで、水と米麹と蒸し米を入れて、温度管理もせずに醪を約二十日間置くとぴたっとお酒になる酒もあります。
当店と大変古くからお付き合いのある、個性的なお酒でファンの多い石川達也杜氏に、蔵で初めてお会いしたときの話には、すごく驚きました。
「どういうお酒がいい酒だと思いますか」と聞かれたので、自然なお酒がいいと思って、「有機などの良い原材料を使うことなんでしょうか」とお答えしたら、「本当にそうでしょうか?」と返されて。
つまり、自然って何かというと、“もの” じゃないんだ、ということなんですよね。
自然というのは、そこに及んでいる“力”の話であって、その自然な力の中から得られるものほど、自然なものはないんだ、という考えを知りました。
季節の変化を感じる瞬間はどんなときですか。
腰痛が出てくる、というのもありますけどね(笑)
やっぱり風じゃないかな。風が一番先回りしてやってくる気がします。海の近くに住んでいるからかもしれないけど、「どこから吹いてるんだろう」って、風の向きを感じることが多いですね。
天気自体は三寒四温で行ったり来たりするけど、その間に吹く風で、季節の移り変わりを一番感じています。
あとは雑草ですね。その年によって出てくるタイミングに幅があるのも雑草なので、それで季節を感じます。
最近は、昔みたいな印象的な雲をあまり見なくなったり、気候や水蒸気の影響なのか、夕焼けの色も、このあたりではいろんな色を見ることが少なくなってきたな、と私の住む金沢区辺りでは感じています。
お酒の味や香りを説明するとき、植物のイメージが浮かぶことはありますか。
いっぱいあります。
自然の中で得た感触って、体に染み付いているものだから、すごくよくわかるんです。植物や食に敏感な方には、その感覚を少しずつ重ねながら、香りや味わいをお伝えしています。
最近は、日本酒の世界でも、果物にたとえて「バナナっぽい」「メロンのような」といった香りを目指してつくられることが増えました。酵母の特性と、発酵という自然の働きの中で、副産物として立ち上がってくる芳香ですが、そんなには単純ではない。
ただ、人は言葉とイメージがぴったり合わないと、少し距離を置いてしまうところがあるので、そういう表現が使われているんだと思います。
でも本当は、もっと複雑なんです。
だから私は、お酒を売るだけじゃなくて、最初は市場動向に沿った酒ガイドをしてますが、最終的には「自分はこういうお酒が好き」「今はこういうふうに飲みたい」と、主体性を備えた、お客様ご本人で選べる人になってほしいと思っています。みんながいいと言うから、ではなくて。
植物って、光に向かって伸びたり、何かあれば別の方向に根を張ったり、とても自然に振る舞いますよね。私たちも同じ生き物だから、イヤなのに世の中に無理に合わせる必要はないと思うんです。自分の感覚を大切にしていい。嬉しいことに、最近は、ブランディングに左右されるだけでなく、自分で飲んでみて感じた好みを言葉にできる若い方も増えてきたと感じます。
自分の中に感じた違和感を飲み込んだまま、時代を進めていくのは怖いと思うんです。
お酒って、ある意味バロメーターで、お金があっても忙しいと飲めないし、楽しくないと美味しくないし、きついと飲まれてしまう。すごく感覚に左右される存在ですよね。
だからこそ、その中で「自分はどう思っているのか」ということを、ちゃんと捉えていないといけないと思うんです。そういう意味で、物事に意識して向き合う態度は、もう少し必要なんじゃないかと思っていて。この仕事は、そのためにもやる意味があると思っています。
単純化するのはよくないな、と感じていて。もう少し複雑さだったり、変化していくことも含めて受け止めながら、マイナスで捉えるのではなく、「今どうあるか」を、感情的になりすぎずに冷静に見ていくこと。それが、生きていくうえで必要なんじゃないかなと思います。
例えば、美味しいと感じるものって、今まで経験したことのないものに出会ったときだったりしますよね。「なんだろう、これ」と思うようなものに出会ったときの感動。
それをポジティブに受け取れるかどうかって、大事だと思うんです。
当たり前に「こういうものだよ」と言われているものを、そのまま受け取って、当たり前のように飲んだり、食べたりしているだけでは、もったいないなと思ってしまう。
感動するって、面白いですよね。
お花の定期便を通して、空間や日常にどのような変化や広がりを感じていますか?
お花って、花器に生けているんだけど、どこか“根がついてくる”ような感覚があるんです。 この建物やここにある食べ物に、すっと溶け込んでいく感じがあって。だから、小百合さんのお花は、まったく別のことをやっているようには感じないんですよね。 そのときどきで小百合さんのインスピレーションが変わると、お花の表情や形も変わっていくのも面白いですし、この場所にいろんなものが存在している中で、その関わりのひとつとして、ちゃんとそこにある。 一緒に呼吸している仲間のような感覚があって、とても楽しいです。
自宅でも定期便をお願いしているんですが、それを見て家族も花に意識を向けるようになってきて。夫はよく絵を描くんですけど、花の絵が増えている気がするんです。それも嬉しい変化ですね。
このお店をつくるときも、自然素材で仕上げてほしいとお願いしていて、木や溶剤、ワックスも有機のものを使っていますし、壁も丁寧な漆喰仕上げなんです。 そういう目に見えない部分の心地よさが、空間の雰囲気になって、お酒を飲みたくなるような空気や、お酒の奥行きにもつながっている気がしていて。 建物自体も、そういうことを“知っている”ような感覚があるんです。だから、時代に合わせたデザインを意識するというよりも、伝統的なやり方に委ねて、大工さんにも自由にやっていただきました。 その積み重ねが、じわじわと深さになっている気がします。 ここにあるものは、全部が一部であってほしい。
コンセプトでガチガチに忠実につくられてはいないところで、自然と集まっている。そういう感覚は、もしかしたら日本的なものなのかもしれないですね。
好きなお花、または、思い出に残っているお花があれば教えてください。
好きなお花はミモザです。あの季節の感じが好きなんですよね。
あとは、ブーゲンビリアやプルメリアのような夏の花も好きです。香りのあるものが好きなので、バジルも好きで、よくバジルペーストを作ったりしていました。クリスマスローズも好きですね。
それとは別に、ずっと心に残っている花の記憶があって。
私が生まれる前に、父と母が住んでいた家の近くで火事があったそうなんです。一軒まるごと燃えてしまって、その焼け跡に、父と母が朝顔の種をばっと蒔いたそうなんです。
その話を聞いたときに、なぜかすごく風景が浮かんできて。実際に見たわけではないし、ただ話として聞いただけなんですけど、若い二人が焼け跡に種を蒔いて、花が咲くのを待っている様子が、どこかシュールで、でもロマンチックで。
その朝顔が咲いたのかどうかもわからないし、どんな景色だったのかも知らないのに、見たことのない花の記憶として、ずっと自分の中に残っているんです。
こういう感覚ってあまりないので、自分でも不思議なんですけど、その朝顔は、いまでもどこか心にこびりついていて、時々思いを馳せています。
もともと本を読むのが好きで、よくのめり込んで読んでいたんですけど、私にとって植物も、世界を創造する場所のような存在でした。
植物って、痛いとか嫌だとか言わないじゃないですか。そこに気持ちを向けると、解放されたり、癒されたりする場でもあって。植物があれば、それだけで世界が完結しているような気がするし、さらにそこに本が一冊あれば、より深くその世界にいられる。
植物と本と、あの朝顔は、どこか近いところにいる気がするんです。
Text / Photography by Sayuri Suda
毎月定期的に季節の植物をお届けしてます
フラワーロスを減らすための取り組みとして、定期便という形で、月1回または2回、ご自宅や店舗様へお花をお届けしています。春から秋にかけては、三浦半島の温かな気候と海風に育まれた花々を、季節の束に織り込んで届けています。